2016年1月6日水曜日

161:最大の国家的課題

戦後の復興は、高品質で低価格の製品を開発し、高度経済成長を実現することでなされたと言ってよいだろう。
この過程で、モノの生産におけるムダ・ムリ・ムラは徹底的に改善されてきた。
その背景には、政財官がそれぞれ独立した理念を持ちつつ、共通の方向にむかってチームワークを組んだこともあったであろう。
そしてその中心は、製造業における生産性の向上であった。


一方で、失われた20年を経て、ますます国情の混沌とする現在、差し迫った国の課題は、あらゆる領域における生産性--特に意思決定における生産性をどのように向上させるか、ということであると考える。
もはやモノの生産性の向上だけでは仕方がないのではないか。


生産性とは、成果物のクオリティとコストにかかわる問題である。
国中の組織が行う意思決定のクオリティとコストをどのように改善するかというテーマに取り組まない限り、デフレ脱却もおぼつかない。


ものごとを解決する際、全体を一挙に解決する方法がなければ、マネージしやすい部分に分解し、それら諸課題に優先順位をつけ、具体的に解決策を模索する発想が望まれると思う。
例えば、ある学校の学力水準が落ちてきたときに、どのような対策を打つか。
一般的には、カリキュラムを改善する、教員を再教育するなどの手を打ち、それでも様子が変わらなければ教員を変える、といった流れに短絡するのかもしれない。
しかし、これでは問題の本質的な解決にはならない。
政治家の先生がよく言う、「丁寧に」議論をする、ということばの大きな問題は、処理しやすい部分にわけること――この場合であれば例えば具体的な科目や分野にわけて考えること――をし、それぞれへの個別的な諸対応を取るという発想がどうやら抜けているということである。


一挙に解決できない場合は、複数の問題現象に分離・分解するという発想が不可欠なのだ。
これにより意思決定におけるムダ・ムリ・ムラへの対応が具体的に可能になる。
このような、意思決定の生産性の向上が、これからの大きな国家的課題となるのではないか。

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