2015年7月11日土曜日

119:日米関係についての素人の私見

国の安全を一国のみで担保することができないことは、我々の共通の認識でしょう。
従って、日本にとって日米の同盟関係がいかに重要であるかということを再認識したいものです。

また、日米間の歴史について、再認識することも必要かもしれません。
少し調べてみました。
2国間の関係のはじまりは、1856年に日米和親条約、1858年に日米修好通商条約、1894年に日米通商航海条約がそれぞれ調印されたことです。

少し時間を飛ばして、戦後の日米関係を語る時に、ふたりの米国人について述べる必要があるでしょう。
ひとりはGHQ総司令官ダグラス・マッカーサー、もうひとりは駐日米国大使マイク・マンスフィールドです。

マッカーサーは、1945年8月30日に厚木に上陸し、同年9月4日にミズリー艦上にて降伏文書(Statement of Surrender)に調印しました。
これに調印したのは米国・中国・英国・ソ連・カナダ・フランス・オランダ・ニュージーランドの8か国でした。

このマッカーサーの占領政策が寛大であったがために、奇跡的な戦後の復興が実現されたことについて、例えば当時の英国サッチャー首相も、日本の復興は日本人の努力のみでなく、米国の施策によるところも大きい、と来日時に語っていました。

マッカーサー自身も降伏文書調印時に、次のような演説をしています。
「この厳粛な式典を転機として、流血と殺戮の過去から、より良い世界、信頼と理解の上に立つ世界、人間の尊厳と自由、寛容、正義の完成を目指す世界が生まれることを私は心から切望する。

これは、多分に政治的な意図があったにせよ(また、この「正義」が誰の「正義」であるのか、という難しい問題があるものの)、日本に対する基本的な、好意的な姿勢を表したものと受け取って良いのではないでしょうか。
その結果、日本は上に述べたような復興を遂げることができたと言えると思うのです。

もうひとりのマンスフィールド大使に関して。
彼は12年間の在任期間に47都道府県をすべて訪問したと言われています。
彼は、日米間は世界で最も重要な二国間関係だとまで表明していたようです。
発言の当時では、この2国関係は西洋とアジアの関係として述べられたと思われますが、今日的に解釈すると、西洋文明圏と非西洋文明圏における最も重要な2国間関係だと解釈したいのです。

そうなると、日米関係をどのように「対等」に位置づけるかということが大きな課題になってくるでしょう。

現在、中国が日本を追い抜き、世界第二位の経済大国となっています。
また、国内で日米関係を日本の「追従」「追随」と捉えている人がいるという問題もあるでしょう。

では、このような状況で、どのように考えたら「対等」になるでしょうか。
「対等(equal)」は「量的なもの」「大きさ」「数量」「価値」「程度」において同等である、という定義があります。
一方で、権利・特権・能力(実行力)・地位において同等であるという定義も見られるようです。

そこで、重要なのは、日本にとっての「特権(privilege)」をどう考えるかということになるでしょう。

私は、この「特権」は、世界社会に対して、日本の特性を表した独特の貢献というprivilegeと考えたいのであります。

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